言葉の解釈

「パラダイム」とは?

 

「パラダイム」を説明するのは難しい…

 

「パラダイム」という言葉は、日本語に相当する言葉が見当たらないため説明するのがとても難しいです。

 

私なりに説明してみると、

「パラダイム」=「思考の前提となる発想や世界観、当然視している捉え方、当たり前のように信じている事柄」

といったところです。

 

この説明で分かるでしょうか?

分からないですよね。

 

感覚的に理解できるよう、違うアプローチをしてみましょう。

 

「パラダイムシフト」という形で使われる

 

「パラダイム」という言葉は、「パラダイムシフト」という形で使われることが多いので、「パラダイムシフト」の例について考えてみます。

 

「パラダイムシフト」とは、それまで当たり前だと思われていた考え方が劇的に変化することです。

代表的な例としてよく挙げられるのは、「天動説と地動説」です。

 

「天動説」というのは、簡単に言うと「地球が宇宙の中心にあって、太陽や月や星が地球の周りを回っている」という考え方です。

昔はこれが当たり前で、地球以外が回っていると信じられていました。 

 

でも今われわれは、地球が宇宙の中心だとは考えていません。

地球が回っていることも知っています。

この考え方を「地動説」と言います。

 

昔は「天動説」が当たり前だと考えられていました。

今は「地動説」が当たり前だと考えられています。

 

どこかで劇的に考え方が変わりました。

この劇的に考え方が変化(=シフト)したことを「パラダイムシフト」と言います。

 

アフターコロナでの当たり前

 

つい最近、われわれが体験した「パラダイムシフト」の例もあります。

新型コロナウイルス感染症の流行によって、劇的に変化した当たり前です。

 

ほんの2、3年前までは、一部の業種を除いて、会社に行って仕事をするのが当たり前でした。

しかし、今(2022年)の世の中の風潮は逆で、どうしても出社する必要がある業種などを除いては、テレワーク(リモートワーク)が望ましいという感覚になっています。

 

それは感染を防ぐために、人が直接会うことを制限する観点だけではありません。

この2、3年の試行錯誤のプロセスが、これまでの働き方や対人サービスのあり方、消費スタイル、コミュニケーションスタイルなどを根本的に見直す機会になった側面もあります。

つまり、新型コロナウイルスの問題が落ち着いたとしても、もう以前と同じ感覚(=仕事は会社に行ってするのが当たり前)には戻らないだろうということです。

 

これも「パラダイムシフト」の一例です。

 

「パラダイムシフト」のイメージは、なんとなく掴めたでしょうか?

 

「パラダイムシフト」のイメージが掴めると、冒頭の

「パラダイム」=「思考の前提となる発想や世界観、当然視している捉え方、当たり前のように信じている事柄」

という説明も、先ほどよりは頭に入ってくるのではないでしょうか。

 

「パラダイム」に着目する理由

 

私が「パラダイム」に着目する理由は、日々の一つ一つの判断や行動に大きく影響を及ぼすからです。

個人的には「前提の発想」が違うだけで、意欲や能力を引き出されたり、逆に削がれてしまったりすることも体験から痛感しています。

 

例えば、私は「競争意識(人と張り合う発想、他社と張り合う発想)」で仕事をすると、とたんに腰が重くなります。

業務に必要な知識や技能をそれなりに持ち合わせていても、それらを発揮できなくなってしまいます。

 

それは特に対人の場面で顕著に表れます。

大勢の人の前で話をしたり、営業やセールスをしたりという場面ですね。

競争のパラダイムによって、意識のベクトルが相手(聞き手やお客様)ではなく、自分の都合に向かいやすくなるからです。

 

そんな私が「相補意識(人と補い合う発想、他社と補い合う発想)」で仕事をすると、腰の重さも解けますし、対人の場面でもそれなりの成果能力を発揮できるようになります。

意識のベクトルが自分の都合ではなく、相手の状況や話の本質に向かいやすくなるからです。

 

理屈はともかく、これは実際にそうなってしまう現実があるので、個人的には外すことができない要素となっています。

知識や技能を習得することももちろん大切ですが、能力発揮の前提となる「パラダイム」を保持する取り組みも欠かせません。

もちろん100%「補い合う発想」でなくてもよいのですが、最低限「張り合う発想」より「補い合う発想」が優勢になっていることが、私という人材の能力発揮のためには重要です。

 

「パラダイム」は環境に大きく左右される

 

「パラダイム(=当たり前の感覚や無意識の発想)」は、取り巻く環境によって大きく左右されます。

特に「属しているコミュニティ」や「接することの多い人物」、あるいは「接することの多いメディア」からの影響は、とても大きいです。

 

私の場合は、「張り合う発想」「補い合う発想」に「パラダイムシフト」する途上で、環境を変える必要があったので、特に初期段階では積極的に取り組みました。

その際に最も大変だったのは、人間関係ですね。

 

「人間関係」というより、「人づき合い」や「参加する場」と言った方がよいのでしょうか。

つまり、「日常で接することの多い人たち」から受ける影響に対して、どう対処するかという問題です。

 

私は若い頃、それに近い経験をしています。

タバコをやめた時です。

 

タバコをやめるに際して、タバコを吸う友人たちとお酒を飲みに行くのを控えた時期がありました。

理由は単純です。行ったらタバコを吸ってしまいそうだったからです。

もちろん行きたい気持ちは山々でしたが、しばらくの間はその方針を通していました。

 

「パラダイムシフト」も、それと近いものがあります。

 

「喫煙者」→「非喫煙者」に「シフト」する途上で、「シフト」しやすいよう環境づくりしたように、

「張り合う発想で仕事をする」→「補い合う発想で仕事をする」に「パラダイムシフト」する途上でも、「シフト」しやすいよう環境づくりしました。

 

また、「タバコ」はもう気を抜いていても吸ってしまうことはありませんが、「パラダイム」は気を抜くと簡単に飲まれてしまう傾向があるので、現在も、最低限「補い合う発想」を保持できるよう、影響を及ぼす要素(コミュニティ、人づき合い、メディアなど)には気をつけています。

 

今お話しした内容は私の個人的なお話ですが、同じタイプの人や組織にも当てはまると私は考えています。

プロフィールでも書いていますが、価値組タイプの人材(組織)の支援においても、「パラダイム(補い合う発想)」の補整を特に重視しています。

 

補足①:多くの人が使っていない言葉は使いづらい

 

ここまで「パラダイム」と「パラダイムシフト」についてお話ししてきました。

 

ここまでお話ししておきながらなんですが、正直なところ、「パラダイム」という言葉は日常のやりとりでは使いづらいです。

それは、多くの人があまり使っていない言葉だからです。

 

私はたまたま若い頃に、『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著、キングベアー出版)という本を読む必要性があり、この本の内容を理解するためには「パラダイム」の理解が避けて通れなかったので、何度も読み返しているうちに個人的には使うようになりました。

でも、人とのやりとりでは基本的に使わないようにしています。

 

(※私は職業柄、日常的に物事を整理したり、体系化してまとめたり、他者に伝えるために言語化したりという作業が必要で、その作業中はこの言葉を使うことが効果的な場面が多いですが、多くの人とのやりとりは日常の言葉の方が有用だと考えています。)

 

今回この言葉を記事として取り上げたのは、別の記事でこの言葉を使う機会があったからです。

※「パラダイム」という言葉を使った記事(「メンタリング」と「メンタルトレーニング」の違いとは?)参照

「メンタリング」について解説したお話の流れで、あえて「マインドセット」と「パラダイム」という言葉を使いました。

「メンタル」とは違う横文字を出した方が、「メンタルトレーニング」と「メンタリング」の違いを理解しやすいと感じたからです。

 

ただ、この言葉をあえて使ったのはよいのですが、ピンと来ない人が多いかもしれないと気になっていました。

それで、今回この言葉を取り上げることにしました。

 

普段はできるだけ「パラダイム」という言葉は使わず、その時々で文脈に合った言葉を使うようにしています。

たとえば「前提にある発想」や「前提の世界観」など。

※「前提の世界観」という言葉で表現している記事(「精神論で飯は食えない」という意見について、“前提”を考察したらスッキリしました。)参照

 

補足②:重要なのは、日常行動に「影響を及ぼす事柄」だということ

 

「マインドセット」とは?』の記事でも最後に触れていますが、今回の「パラダイム」という言葉についても、言葉がしっくりこないとか、掴みどころが無いとか、シンプルに横文字がキライという方は、無理してこの言葉を使う必要はないと思います。

特に不都合がなければ、今まで通りでよいのではないでしょうか。

 

私も個人的には使っていますが人とのやりとりでは使っていませんし、「マインドセット」という言葉は個人的にも使っていません。

「パラダイム」と「マインドセット」の明確な違いも分かっているかと言うとあやしいです。

 

私にとって重要なことは、言葉自体や正確な意味の違いではなく、「パラダイム」にせよ「マインドセット」にせよ日々の一つ一つの判断や行動、意欲や能力に「影響を及ぼす事柄」だということです。

そして、このブログで提起したいことも、その「影響を及ぼす事柄」についてです。

 

「影響を及ぼす事柄」というのは、「マインドセット」や「パラダイム」だけではありません。

他にもありますし、相互に絡み合っていることもあります。

 

また、「影響を及ぼす事柄」に対して、「さらに影響を及ぼす事柄」(=コミュニティ、人づき合い、メディアなど)の存在もあります。

言わば、「前提の前提」のようなものです。

 

「前提」「前提の前提」について考えるのは、ただでさえややこしい話になりがちです。

自分の理解だけでなく人とのやりとりのことも考えたら、日常の言葉の方が好都合かもしれません。

 

もちろん、この言葉を日常のやりとりでよく使っている方や、便利だからこの言葉を使おうかなという方は、わざわざやめる必要もありません。

皆さんそれぞれの事情や感覚に合っていることが、何より大事だと思います。

 

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