知識・考え方

『正しいことを言ったからといって、人間がそれをすると考えていること自体が間違っている。』(河合隼雄)

 

元ラグビー日本代表監督の平尾誠二さんと、臨床心理の第一人者である河合隼雄さんの対談本より。

河合:面白い話があるんです。僕はこのごろ糖尿病の学会に呼ばれて話をすることがあるんですが、糖尿病の人に、食事をこのぐらいにして運動はこのぐらいしなさいを言うと、みんな「わかりました」と言って帰っていく。けれど、誰もそれを実行しない。こうしたらいいとわかっているのに、なぜしないのか。どういう言い方をしたら聞いてくれるのか。それは心の問題だから僕に指導を受けたい、というので講演に行ったわけです。
 そのときに医者や看護婦さんに言ったのは、「正しいことを言ったからといって、人間がそれをすると考えていること自体が間違っている。正しいことを言って、みんながそれを守るというなら、いちばん最初に言ってやりたいのは河合隼雄という人物だ。どんなに朝早く起きて仕事をしなさい、と言ってもできないのだから」とね。
(中略)
 つまり、正しいことというのは、だいたい実行できないものなんです。それがわかって、そこから考えなければいけない。確かに正しいことを言ったら自分はスーッとすると思いますが、それでは対話は成立しない。だから、難しいんです。
 
平尾:その通りだと思いますね。ただ、これは現場を持たなければわからない話でしょうね。人間には「正しいことは正論だ」という気持ちがどこかにある。初めにものを教えるときには、何が正しいかという選択から入って、正しいと思うものを選ぶ。けれどやっぱり、うまくはいかない。そうなったとき初めて、先生が言われたように「正しいことができない」ことが理解できる。そういう意味で、現場というのは現実社会なんです。
 

出典:平尾誠二(2001)『日本型思考法ではもう勝てない』 ダイヤモンド社 P.74~P.75

 

状況判断や取捨選択の土台

 

冒頭でご紹介した本は、20年ほど前(21世紀に入ったばかりの頃)に、平尾誠二さんが心理学、経営学、プロ野球の3人の専門家(河合隼雄さん、金井壽宏さん、古田敦也さん)と、21世紀のコーチングや組織論について対談した本です。

私はおそらく仕事面での気づきを求めて(つまり金井壽宏さんが一番のお目当てで)この本を購入したと思うのですが、今振り返ってみると、生活全般で河合隼雄さんに大きな影響を受けています。

そして、私がこの本の中で最も読み返してきた箇所が、上記の部分(P.74~P.75)です。

 

中でも特に、

  • 「正しいことを言ったからといって、人間がそれをすると考えていること自体が間違っている。」

  • 「正しいことというのは、だいたい実行できないものなんです。それがわかって、そこから考えなければいけない。」

という部分は、公私を問わず、状況判断や取捨選択の土台となっています。

 

「人材開発」や「組織開発」という言葉は、小難しく聞こえますが

 

私の専門は「組織開発(人材開発)」です。

私が考える「開発」というのは、「力を発揮しやすい条件を整えていくこと」です。

逆の観点から見て、「力を発揮しにくい条件を脱却していくこと」という捉え方もできます。

 

大目的はあくまで「成果を出すこと」であり、そのために「決して十分ではない条件の中でも、なんとかやりくりして力を発揮していくこと」が本質です。

つまり、「成果に向けて、力を発揮するために、やりくりをしていくこと」が、私が考える「開発」というものです。

その時々で、「力を発揮しやすい条件」の側から考えたり、「力を発揮しにくい条件」の側から考えたりしますが、表から見ているか裏から見ているかの違いで、最終的に「力が発揮される」方向に近づくことを考えている点では同じです。

(※ 「人材開発」「組織開発」とは?

 

私は日々、「人が力を発揮するためのやりくり」について明けても暮れても考えています。

それは仕事や経営、ビジネスというジャンルに限らず、スポーツや習い事、学生の勉強や部活、あるいは健康管理や子育てなど、人が力を発揮するヒントになるものにはジャンルを越えて関心があります。

「人材開発」や「組織開発」というビジネス用語を使うと、小難しいというか掴みどころがない印象になりますが、やっていること自体を考えると「力を発揮するためのやりくり」ですから、実は生活全般で活用できるものだと分かると思います。

 

健康増進の観点で、私自身の力を発揮させるために

 

私は日常的な運動の一つとしてウォーキングやジョギングをしていますが、これらを行う上で、個人的にとても重要なポイントがあります。

それは週何回走るとか、何分走るとか、何キロ走るとか、そういったことを全く決めないということです。

歩くか走るかも決めていません。歩きたければ歩く。走りたければ走る。

 

逆に言うと、走りたくないならずっと歩いて帰ってきてもOK。しかも、すぐやめて帰ってきてもOK。

週に3回でも、週に1回でも、何回でもOK。週0回の週があってもOK。しかも、それがしばらく続いてもOKという感じです。

 

なぜそんな風にしているのでしょう?

それは、いろいろと決めてしまうと私がだいたい続かないからです。

経験上(実践上)の教訓です。

 

私にとって最も避けたいことは、日常的な運動自体をやめてしまうことです。

断続的であっても、運動習慣を持ち続けることが何より最優先です。

いろいろと決めてしまうことで続かなくなってしまうよりは、こんな感じでも継続していける方がずっといいということで、こういう方針(セカンドベストの判断)にしています。

 

ちなみに、この運動のことを私は「ウォギング」と呼んでいます。

行って帰ってくるまでウォーキングかジョギングか、その両方になるか分からないので。どういう結果になってもOKの呼び名として。

 

何をもって「力を発揮できている」と評価するか?

 

そもそも「力を発揮する」のは何のためでしょうか?

その目的(求める成果)は人それぞれですね。

 

目的(求める成果)が人それぞれということは、何をもって「力を発揮できている」と評価するかも、いろんな見方があると言えるでしょう。

 

不定期で、歩くことがあったり、走ることがあったりという今の私の状態は、どうでしょうか?

同じ今の状態でも、「定期的・・・ジョギング・・・・・する」という観点では「力を発揮できていない」ですが、「習慣的・・・ウォギング・・・・・する」という観点では「力を発揮できている」と言えます。

 

私はマラソン大会に出る予定もないですし、そもそもの動機が健康増進のための軽い運動ですから、これでもそれなりに目的(求める成果)にかなっています。

傍目にはどう映るか分かりませんが、私としては少なくとも許容範囲にはおさまっていると言えます。

(※私は仕事柄、座っている時間や深く考えている時間が長いため、たまに下半身を動かさないと頭や肩、腰が重くなって生産性が落ち込んでしまいます。その解消の為に、軽い運動で頭や体をリフレッシュさせる動機もあります。)

 

「ウォギング」以外の運動でも同様です。

私は日常的に「スクワット」もやっていますが、動機としては「ウォギング」と同じです。

一日に何回とか、ワンセット何回とか、そういうことを決めないのも同じです。

理由も続かなくなるからというもので、同じです。

 

河合隼雄さんが言うように、「だいたい実行できない」という現実を直視して、そこから「実行できないことがあるままでも、そんな自分でも実行できること(工夫やアレンジ、代替案)は?」と自問しながら試行錯誤を重ねてきて、私の場合は、現状「その気になったときに好きなだけやる」というセカンドベストに落ち着いています。

 

「瞬間的にはOK」でも、「継続的にはNG」!?

 

何か物事に取り組むときに、それが期間限定のものであれば、少々我慢してでも「一般的に正しい・・・(と見なされている)やり方」でなんとか乗り切る考え方もあると思います。

例えば、受験勉強や習い事など。

 

とは言うものの、やはり力を発揮しにくいやり方より力を発揮しやすいやり方でやった方が、心や体の負担も少なくて済むでしょうし、目指すゴールに近づくという点でも賢明かもしれません。

 

では、仕事や経営に関してはどうでしょうか?

今お話しした受験勉強や習い事以上に、「だいたい実行できない」現実をシビアに受け止めた方がよいと思われます。

 

まず第一に、私的な色合いの強い受験勉強や習い事と違って、関わる人が多いことや社会的責任も伴うことなど、単に成果を出すだけではないという意味では、現実と向き合う深さ(重さ)が違います。

またそれとは別に、「実際問題として成果につながるのか?」というシンプルな観点でも、注目すべきポイントがあります。

 

それは、「仕事や経営は基本的に何十年と続く」ということです。

 

仕事や経営において、成果とは「瞬間的に出すこと」ではなく、「継続的に出し続けていくこと」です。

基本的に、3年で終わりとか5年で終わりとか、そういうものではありません。

少なくとも10年、20年、あるいは個人の生涯労働年数から考えたら、40~50年は何らかの形で働いて成果を出していくわけです。

 

その前提に立脚すると、どんな手段や方法を選択するにせよ、「それなりに継続していけそうか?」少しは考えてみる必要がありそうです。

 

もちろん、やってみないとわからないことも多いでしょう。

しかし、「過去にやったことのある事柄」について考察することで、ある程度「継続性の見込み」を見通せることも多いと思います。

つまり、先ほどお話しした私の健康増進の例のように、「経験上(実践上)の教訓」によって、「だいたい実行できない(継続できない)」アプローチをふるい分けできることも多いだろうということです。

 

当事者にしか見極められない

 

人それぞれ組織それぞれで、目的(求める成果)も価値観も、優先順位も違います。

いろいろと試してみた(実際やってみた)結果、力が発揮されやすいか発揮されにくいかも、人それぞれ組織それぞれで違ってきます。

継続性も考慮したら、さらに違いが出てくるでしょう。

そして、それらはすべて当事者にしか見極められません。

 

一般論や風潮として「正しい・・・(と見なされている)やり方」もあるのかもしれませんが、皆さんそれぞれに、「自分(経営者自身)や自社スタッフに合ったセカンドベストの工夫、やりくり、アレンジ」というものもあると思います。

これまでの教訓として「これはだいたいできないなぁ…」「これは(短期的にはできても)だいたい続かないなぁ…」と思うような事柄で、見過ごしていたり流されたりしていることはないか見直してみてはどうでしょうか。

 

『いかなる道具をいつ何のために使うかは、成果によって規定される。』(ピーター.F.ドラッカー) 『ドラッカー名言集 仕事の哲学』より。 必要な仕事を決めるのは成果 いかなる道具をいつ何のために使うかは、成果によって規定さ...