余話(補足・こぼれ話)

【かけ算と積分の話の補足①】「例えば…」の話

 

先日の記事『「かけ算」と「積分」の違いを、日常利用の観点で解説します。』の補足です。

 

物事を「かけ算」で例えることありますね。

 

私は抽象的に考えるとき、ザックリ考えるときは効果的だと思いますが、

具体的に考えるとき、深く洞察したいときにはしっくりきません。

 

時間軸を入れて考えたり、物事の工程を考えたり、人の心の機微を考えたり…

そんな時は「積分」の考え方がフィットします。

 

「積分」で例えると、現実がよく見えてきます。

「かけ算」の足し算みたいなもの

 

今日のお話に入る前に、「積分」のおさらいを。

先日の記事で、「積分」は「かけ算」の足し算みたいなものとお話ししました。

 

全体を一旦細かく分割して、分けた部分を個別に「かけ算」して、それらを順に足し合わせていく。

「分けて考えて、それらを積み上げる」

そんな作業だから「積分」とお話ししました。

 

「かけ算」の足し算みたいなもの

このイメージを持って、今日のお話に入ります。

 

「ソフトクリーム」を考えてみます。

バニラ、チョコ、抹茶の3種類があります。

今食べるなら、どれが食べたいですか?

 

パッと選べた人、迷って決めた人。

あなたはどちらですか?

 

迷った人は、ミックスソフトクリームがあったらどうですか?

チョコバニラと、抹茶バニラもあったら。

 

ミックスがあるならミックスを選ぶ人。

味が混ざるのは好きじゃないから、ミックスじゃないものを選ぶ人。

いろいろだと思います。

 

ここで一つ考えてみてください。

ミックスソフトクリームを例えるとしたら…

 

チョコバニラは、チョコとバニラの「足し算」ですか?

それとも「かけ算」ですか?

 

私の感覚だと、「かけ算」です。

 

チョコのソフトクリームとバニラのソフトクリームを両方買って、2つ食べるなら「足し算」です。

でもミックスされているものを1つ食べるなら、「かけ算」の感覚です。

 

では、「やきそばパン」はどうですか?

「かけ算」ですか?「足し算」ですか?

 

「やきそばパン」はよく、「やきそばとパンをかけ合わせたもの」と例えられます。

異なる要素をかけ合わせて、新しいものを生み出すアイデアという観点では、「かけ算」といえます。

 

では、単に食べる観点ではどうですか?

実質的にはパンに切り込みを入れて、やきそばをのっけているだけです。

 

『ソフトクリームは絶妙に練り込まれているけど、やきそばはのっけているだけだから「足し算」だ!』という人もいるかもしれませんし、

『一緒に食べるんだから「かけ算」だ!』という人もいるかもしれません。

 

決まった正解があるわけではないので、どちらの見方もあると思います。

一つ言えることは、『積分だ!』という人はあまりいないということです。

 

物事をプロセスとして捉えるとき

 

ここまでは、できあがった商品をイメージして考えてきました。

 

先ほどの『パンにやきそばをのっけているだけ』というのは、「やきそばパン」の見た目の話です。

見た目の大まかな特徴の話ですね。

 

今度は何もないところから、できあがるまでのプロセス全体を考えます。

作る立場で考えてみましょう。

 

「やきそばパン」を作る担当だとします。

商品開発担当でも、実際の調理担当でもよいです。

どうやって作るかを考えます。

 

実際やきそばを作るのは手間がかかります。

具材をそろえて、道具を準備して、具材を切って、…

 

具材をそろえるといっても、冷蔵庫からテーブルに出すだけではなく、その前に買ってこなくてはいけません。

細かく考えると、段取りとして必要なことがどんどん出てきます。

 

各工程では、下ごしらえをしたり、ゆでたり、焼いたり、調味料を絶妙に配合したり、…

時間をきっちり守らないと食感が悪くなったり、順序や分量を間違えたら台無しになってしまったり…

 

あるべき順序で、あるべき時間で、あるべき工程が適切に行われているのが前提で、

それらがプロセス全体として合わさって、はじめて「やきそば」ができあがります。

 

「パン」は「パン」で、同様に作る必要があります。

できあいでいいなら、別ですが。

 

そして最後に、「パン」と「やきそば」を組み合わせる工程があります。

このプロセスを経て、ようやく「やきそばパン」ができあがります。

 

さて…

この一連のプロセス、なんとなく「積分」っぽくないですか?

 

各工程では個別に、いろんな加工がなされています。

それらを全体として、足し合わしたもの。

「積分」っぽくないですか?

 

「足し算」「かけ算」「積分」でイメージすると

 

スタバの「フラペチーノ」で考えてみましょう。

 

 「フラペチーノ」は氷を使った冷たい飲み物「フラッペ」と、「カプチーノ」を組み合わせた造語です。

「フラペチーノ」の骨格は、氷と飲み物をミキサーで混ぜ合わせたものです。

 

それにミルクを加えたり、フルーツゼリーを加えたり、チョコチップを加えたり…

いろんなトッピングをして、最後にホイップクリームをたっぷりのせたり…

さらに、チョコやキャラメルのソースをかけたり…

 

これを、「足し算」「かけ算」「積分」で考えてみます。

 

材料を材料のまま、順に口に入れていくなら「足し算」。

材料を全部ミキサーに入れて、全部ミックスした飲み物なら「かけ算」。

各工程が適切に行われて、プロセス全体を経てできたものなら「積分」。

 

私はそんな感覚です。

(対比として、少々極端にしていますが。)

 

よく言葉のあやで、「胃の中に入れば一緒」という表現もありますが、一緒ですか?

一緒じゃないですよね。

上の3つなら、私は3番目を飲みたいです。

 

きっと2番目もおいしいと思います。

フラペチーノも飲んでいるうちに、ミックスジュースに近づいていったりします。

でも、フラペチーノとミックスジュースは別ですし、

たっぷりのホイップクリームは最後に上にのっけて欲しいです。

 

「卵がとろとろの親子丼」と同じです。

工程を間違えて、先に熱を入れてしまったら、「とろとろ」でなくなってしまいます。

「とろとろ」が食べたい時は、そこのこだわりは譲れません。

 

目でも味わって、食感でも味わって、心地よさも味わいたいです。

これは心の問題ですね。

 

断面で捉えるか、プロセスとして捉えるか

 

物事を断面的に捉えるときは、「かけ算」でも差し支えありません。

時間や工程、人の心を考慮する必要がないからです。

 

物事をプロセスとして捉えるときは、そうはいきません。

現実を具体的に掘り下げたり、深く洞察していこうとしたら、

時間や工程、人の心など、無視できない要素がいろいろ出てきます。

 

大まかな特徴をつかむなら、「かけ算」の例えは効果的です。

一方、実際に何かに取り組んで、具体的に進めていく際には、「積分」の考え方が効果的です。

 

私は人材開発が専門です。

人材開発とは、「人の能力を引き出すこと」です。

 

人が能力を発揮し、何かを成し遂げていくには、「実践・継続」が不可欠です。

どんなにもっともらしい理論でも、「実践・継続」できなければ画餅に帰すからです。

 

いろんな情報に惑わされた時、私はまず「実践・継続できそうか?」ということに着目します。

瞬間的な成果や短期な効率より、「実践・継続」の影響の方がはるかに大きいからです。

 

自分だけでなく、支援においても同様です。

当事者の条件下で、当事者が「実践・継続できそう」と感じられる選択肢に着目します。

 

反対に、「実践・継続できなさそう」と感じる選択肢はふるいにかけます。

積み上がっていかない選択肢は、徒労に終わることが多いからです。

 

情報洪水・同調圧力社会では、いろんな情報や意見に翻弄されます。

そんな時、実践プロセス全体を俯瞰できると、無用な情報や意見をふるいにかけられます。

 

今日はほんの一例で、「積分」的な考え方をご紹介しました。

一部分でも、参考になるところがあれば幸いです。