『私は決して助けた人を数えたりしません。ただ一人、一人、そしてまた一人』(マザー・テレサ)
NHK『そのとき歴史が動いた』より。
「私は決して助けた人を数えたりしません。ただ一人、一人、そしてまた一人」
マザー・テレサ
出典:NHK2008年12月10日放送『そのとき歴史が動いた』第345回「一人,そしてまた一人 ~マ
ザー・テレサ 平和に捧げた生涯~」
過去の手帳を見返していたところ、2009年3月のページにメモ書きがありました。
この番組についての感想です。
番組内でマザー・テレサさんは、英BBCからインタビューを受けています。
BBC:「あなたのしていることは確かに素晴らしいけど、もっと大がかりで現実的なやり方があるのでは?」
この質問に対し、こう答えます。
「私は大仕掛けのやり方には反対です。大切なのは一人ひとりの個人。
愛を伝えるには一人の人間として相手に接しなければなりません。
多くの数がそろうのを待っていては数の中に道を見失い、一人のための愛と尊敬を伝えることはできないでしょう。
『一人ひとりの触れ合い』こそが何よりも大事なのです。」
インタビュアーとマザー・テレサさんとは、根本的な価値基準が違っています。
この部分だけでも触発されるものがあったのですが、番組内で最も印象に残ったのはその後のエピソードです。
世間の批判にも意に介さぬ姿勢を貫いたマザーでしたが、近年公開された友人宛の手紙には、この頃マザーが深い葛藤を抱えていたことがしたためられていました。
「神の偉大さに比べて私はなんてちっぽけなのか
ほとんど無に等しいかもしれない
あまりに無力で、空っぽで
そして、あまりに小さな私」(手紙の一節 マザーの友人宛手紙より)
出典:NHK2008年12月10日放送『そのとき歴史が動いた』第345回「一人,そしてまた一人 ~マ
ザー・テレサ 平和に捧げた生涯~」
以下は、私の走り書きです。
「マザー・テレサさんでさえ、こんな風に葛藤しながらやっていたんだ…
世間の批判の中で、数の論理に負けないよう奮い立たせて、何とか目の前の一人、また一人とやっていたんだろうか…
マザー・テレサさんでさえそうなら、自分だったら言うまでもない!
葛藤することも、めげそうになることも、あって当然。
目の前の一つ一つに意識を向けて、模索しながらやっていくしかない。」
書いている内容はともかくとして、
葛藤したり、めげたりする自分を受容し、前を向く上での大きな刺激となったことは確かです。
現代社会では、さまざまなメディアにコメント欄があります。
たとえばプロスポーツ選手やオリンピック選手に向けても、批判やダメ出しがたくさんありますよね。
そういうのを見た時にも、似たようなことを感じます。
「この人たちでも言われるのなら…」と。
ちっぽけ度や、突っ込みどころで言ったら、私の方がずっと上でしょう。
諦観して目の前のことをやっていくしかないと、むしろ自分を受容するきっかけとなります。

