「身につけるもの」から考えるか、「発揮しやすさ」から考えるか
私は人材・組織開発(=人や組織の能力を引き出すこと)の支援をしています。
名刺の肩書は「人材開発コンサルタント」です。
自分の仕事を表現するとき「開発」という言葉を使っていますが、正直しっくりきていません。
私は「人材開発」の仕事を目指して、今に至ったわけではありません。
日常の何気ないことに潜む問題や、風潮・一般論に対する素朴な疑問。
それらを延々掘り下げてきたら、現在の形になりました。
私がなんとかしたかったのは、「裏目に出やすい事柄」です。
「こうした方がうまくいく」という方法を求めて取り組んできたというより、
「だいたいうまくいかない」という教訓を掘り下げて取り組んできました。
私の屋号が「Better」でなく、「SecondBest」なのもその表れです。
「SecondBest」という名称には、
「ベスト(最善)を求めてワースト(最悪)になるより、セカンドベスト(次善)を選ぶ」という意図があります。
端的に言うと、セカンドベストは消去法的プロセスです。
最善と見なしていたことが裏目に出がちなら、それを選択肢から外して、次の最善を考える。
試行錯誤に基づく消去法です。
やってみたら思っていたよりできないとか、思っていたよりうまくいかないとか、そういうのありますよね。
むしろ逆効果だったり、悪循環に陥ることも。
そういう傾向を掘り下げて、建設的次善を開拓してきました。
支援の核は、「能力発揮の足かせ」を取り除くことです。
「身につけるもの」主体のアプローチに問題を感じたので、「発揮しやすさ」主体のアプローチにシフトしました。
知識や技術を身につければ成果を出せるわけではありません。
それらが発揮されないと成果は見込めません。
どんなもっともな手法でも、実践・継続につながらなければ画餅に帰します。
知識や技術を身につけるための情報や供給は、社会的にとても充実しています。
しかし、実践・継続につながらないことが多々あります。
そこの問題をなんとかしたかった。そんな経緯です。
「development」の意味合いは、本当に「開発」か?
コンセプトは分かりやすいのですが、それをスパッと表現する名称がありません。
それで便宜的に使っているのが「人材開発」です。
「身につけること」主体の支援に対して、
「発揮しやすいこと」主体の支援。
それを「育成」と「開発」に大別して、
私は後者なので「開発」としています。
もともと「開発」というのは、英語の「development」を訳したものです。
「development」には、「発達、発展、進行、進展、進歩」や「開発、開拓」などの意味があります。
おそらく英語で「development」と言うとき、「開発」の意味だけでなく、「進展」「発展」をうながすニュアンスも含んでいたりします。
そんな意味合いの「development」を「開発」という言葉だけでくくってしまうと、やっぱり心地悪さは拭えません。
日本語として浸透しているカタカナ英語、
たとえば「イメージする」とか「アピールする」とか、仕事で言うと「マネジメントする」とか、
そんな風に「ディベロップする」で伝わったら便利ですが…
まあ、そんなことを考えても実際そうでないので、比較的よく使われている「人材開発」という言葉を採用しています。
いろんな案を経てきましたが、今は「人材開発コンサルタント」に落ち着いています。

